久米民之助氏がつくった金剛山電気鉄道
2022/02/13追記

 朝日向猛
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金剛山電気鉄道(금강산선)は、久米民之助(쿠메 타미노스케)氏が中心になって設立した金剛山電気鉄道株式会社によって敷設された鉄道で、1931年(昭和6年)に全通(116.6 km)しました。金剛山電気鉄道は、水力発電開発も同時に行いましたので、全線が電化区間でした。その後、1942年には電力事業統合のため京城電気株式会社に吸収合併され、1944年には一部路線(昌島~内錦江区間)が不要不急路線に指定されレールも撤去されています。戦後、北朝鮮内では1950年上半期まで運行されていたとされています。
久米民之助氏は、1918年(大正7年)に金剛山周辺を視察し観光資源としての価値を見出し、未整備であった同地域の地域開発を行うこととします。久米民之助氏は故郷の群馬県沼田の利根軌道を利根川を利用した水力発電で全線電化することに成功しています(1918年(大正7年))。

●発電・電気事業
金剛山地域では、半島西側の黄海に注ぐ北漢江の流れをせき止め貯水池をつくり、脊梁山脈にトンネルで水路をつくり、落差の大きい半島東の日本海(東海)に注水して発電することとしています(朝鮮初の流域変更式水力発電事業)。この電力を用いて、金剛山鉄道全線(116.6km)を電化するとともに、ソウルにも送電していました。

韓国民族文化大百科事典 金剛山電氣鐵道株式會社によると、発電所は以下のものがあったことがわかります。

1924年 中臺里発電所 중대리발전소(7000kW)
1927年 板踰里発電所 판유리발전소( 720kW)
1928年 香泉里発電所 향천리발전소(3250kW)
1936年 新日里発電所 신일리발전소(2600kW)

このうち「中臺里発電所」(7000kW)は、Google Map(SATELLITE)でもみることができます。

 
左:中臺里発電所(出典:金剛山電気鉄道株式会社廿年史)  右:Google Map

1929,金剛山電気鉄道株式会社「世界の名山金剛山交通案内鳥瞰圖」にも貯水池と発電所の概要が掲載されていました。貯水池は北漢江の支川・化川江を堰き止めているとなっています。また、中臺里発電所の余水を利用して香泉里発電所を設置、貯水池の堰堤下部に板踰里発電所があるとされています。


●路線
金剛山電気鉄道の路線は、朝鮮半島 金剛山電気鉄道を地図で追う に詳しく記述されています。このサイトの情報をもとに、古地図をGIS上に展開し、路線をプロットし、さらに、Google Mapに書き出しました。 金剛山電気鉄道の路線は、朝鮮戦争、南北分断、ダム湖による水没を通じてほぼ破壊されていますが、地図を拡大していくと、橋梁、盛土など部分的に遺構が残っていることがわかります。



●災害
金剛山電気鉄道の路線は、河川沿いに敷設されたところが多く、度々、水害にあったようです。下記論文によると、災害に対しては、設計見直しにより克服していったことが記されています。
金剛山電気鉄道の自然災害と克服過程(韓国語)

●遺構
路線(推定)に基づき、Google Mapを用いて、路線の遺構を探してみます。

鉄原駅 철원역 朝鮮総督府鉄道・京元線の線路跡、鉄原駅跡、金剛山電気鉄道の路線跡がわかります。また、当時の駅舎や駅構内の写真がこのサイトに掲載されています。
※鉄原駅前には、金剛山電気鉄道株式会社の社屋があったようです。なお、東京都中央区7丁目4番地、ソウル特別市城東区王十里洞にも社屋があったようです。このサイト(디지털철원문화대전)でも金剛山電気鉄道株式会社本社屋(철원역)をみることができます。

東鉄原駅 동철원역 もともとは「月下里」という駅名でしたが、東鉄原駅に改名されたようです。金剛山電気鉄道の路線跡がわかります。
東松駅 동송역 金剛山電気鉄道の路線跡がわかります。 このサイトには、鉄原駅~東松駅までの地図が掲載されています。
亭淵駅 정연역 ~ 楡谷駅 유곡역 間 金剛山電気鉄道の鉄橋見えます。金剛山線금강산선によると、復元されたもので漢灘江に架橋されたもののようです。なお、この鉄橋は、このサイトによると、韓国の「国家登録文化財第112号」に指定されているようです。
(出典:金剛山線금강산선)
金谷駅 금곡역 金谷駅は韓国側非武装地帯(DMZ)にあります。金剛山電気鉄道の路線跡がわかります。
光三駅 광삼역 光三駅は軍事境界線を越えて北朝鮮側非武装地帯(DMZ)にあります。金剛山電気鉄道の路線跡がわかります。
下所駅 하소역 下所駅は北朝鮮側にあります。金剛山電気鉄道の路線跡がわかります。
杏亭駅 행정역 杏亭駅付近の農地に廃線跡がはっきりわかります。また、川を渡る橋梁の橋脚跡がわかります。
金城駅 금성역 金城駅付近、川を渡る橋梁の橋脚跡がわかります。
炭甘駅 탄감역 炭甘駅付近は馬蹄形に路線がつくられています。この跡もはっきりとわかります。
南昌道駅 남창도역 南昌道駅付近は路線跡がはっきりしません。また、市街地が消え去ったようにもみえます。
昌道駅 창도역 ~ 桃坡駅 도파역 間 この区間はダム湖によって消滅しています。
桃坡駅 도파역 桃坡駅付近は路線跡がはっきりわかります。
桃坡駅 도파역 桃坡駅付近は路線跡がはっきりわかります。
花渓駅 화계역 花渓駅付近は路線跡がはっきりわかります。
五両駅 오량역 五両駅はスイッチバックするところですが、建物が写っています。この先、断髪嶺駅 단발령역との間にトンネル区間があり、断髪嶺駅でも再びスイッチバックします。
断髪嶺駅 단발령역 断髪嶺駅はスイッチバックするところですが、建物が写っています。
末輝里駅 말휘리역 末輝里駅は金剛口駅として開業(1930年)しますが、翌1931年に末輝里駅に改名します。市街地内を通っていたと思われますが、路線ははっきりしません。
内金剛駅 내금강역 内金剛駅は1931年全線開通により設置された終着駅です。当時の駅舎は寺院風ですが、現存していないようです。Google Mapによると、駅跡に広場のようなものがあるのがわかります。


●車両
車両は鋼鉄製で優雅な造りだったようです。 なんと、平壌の「鉄道省革命事績館」に隣接する「革命事績車両館」に1両が保存されているそうです。 このサイト(日本語)に平壌で撮影した写真などが掲載されています。


●世界の名山金剛山交通案内鳥瞰圖


●戦前における鉄道の状況

※出典:1939年(昭和14年)朝鮮總督府鐵道局「朝鮮鐵道状況 : 外秘. 第30囘」


■参考にしたサイト
朝鮮半島 金剛山電気鉄道を地図で追う
韓国民族文化大百科事典 金剛山電氣鐵道株式會社
金剛山電気鉄道

■参考にした書籍
1925年(大正14年)南満州鉄道「朝鮮の私設鉄道. 第25巻」
1939年(昭和14年)朝鮮總督府鐵道局「朝鮮鐵道状況 : 外秘. 第30囘」


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