浸水想定区域の人口変化 治水整備が進んだことを加味して計測する。   AsahinaTakeshi(朝日向猛)

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洪水浸水想定区域は、河川からの洪水が発生した場合に浸水する可能性のある土地の範囲を示す図である。洪水については、計画規模(L1)という河川整備基本方針で整備の目標とする降雨規模で算定したものと、想定最大規模(L2)という想定しうる最大規模の降雨を対象としたものがある。この他に、近年では多段階浸水想定という1/10, 1/30など高頻度の降雨を対象としたものも整備されている。

この浸水想定区域の人口が増えているという。洪水が発生した場合に浸水する可能性のある土地であるため、そこに居住することは浸水の危険性を有するということであるため、基本的には居住を避けたいところではある。しかし、我が国の場合、山地が多く、平野は河川が形成した堆積平野であるため、平野部は浸水想定区域であることが多い。東京、大阪、名古屋などの大都市部でも低地の市街地は浸水想定区域に位置している。我が国の国土からすれば、浸水想定区域に居住が重なるのはある程度、許容せざるを得ないといえる。

さて、この浸水想定区域で人口が増えると何が問題なのだろうか。洪水が発生した場合に被害が増大することが大問題といえる。これまで河川改修等の治水整備をし、安全な国土を形成に努めてきたのに、人口が増えてしまえば、治水投資の効果が減じてしまうことになる。これは政策的な問題と言える。そのため、近年では、立地適正化計画の居住誘導区域を浸水想定区域から除外する検討をするということも行われている。

財政審では浸水想定区域で人口が増加していることの問題を度々指摘している。例えば、財政制度等審議会 財政制度分科会歳出改革部会(令和3年10月20日開催)「資料1 社会資本整備」にも冒頭P2に都道府県別に浸水想定区域内外の人口増加率を示し、「32の都道府県で、洪水浸水想定区域内人口が増加」などがわかりやすく図示されている。

財政審資料

このように問題視される浸水想定区域の人口増加であるが、先に述べたように、基本的には避けるべきであるが、我が国の国土の特性上、ある程度は許容せざるを得ない、といえる。すくなくても、人口が増加することは避けるべきであるといえる。
一方、治水整備が進めば、基本的には、浸水想定区域の範囲が減少し、浸水の深さも減少することになる。治水により危険性が下がる。このように危険性が下がったところで、安全になったところでは、人口増加や産業の増加があって然るべきである。治水整備の効果がより発現されることになる。

先の財政審の資料には注意書きで「洪水浸水想定区域内人口増減率は、H24時点の洪水浸水想定区域におけるH7とH27の人口を比較して算出。」と書かれている。治水整備による浸水想定区域の変化(安全側に変化)を見込んでいないことになる。その一方で、人口はH7(1995)⇒H27(2015)で変化を見込んでおり、公平な比較となっていない。

そこで、H24時点の洪水浸水想定区域と現時点(2023年6月24日)で公表されているL1浸水深を用いて、2010年⇒2020年の人口変化を計測してみることにした。現時点のL1浸水想定は、浸水ナビによって取得することができる。全国でできればよいのだが、あまりに膨大な作業になるため、財政審資料で浸水想定区域の人口増加率が最大である「神奈川県」に絞ってスタディすることにする。

まず、財政審資料と同様に、国土数値情報からL1洪水浸水想定(国土数値情報浸水想定区域データ(H24))を取得する。これに、4次メッシュ(500mメッシュ)を重ねメッシュの中心点の位置する箇所の浸水深(ランク)を取得する。

L1洪水浸水想定(国土数値情報浸水想定区域データ(H24))     4次メッシュとL1洪水浸水想定の関係

これにより、浸水想定区域に位置する4次メッシュ中心点の人口を集計すると、2010人口=約171万人 2020人口=約182万人 増加率=7.0% となった。これは、浸水想定区域が変化しない前提のため、財政審資料と同様に増加傾向を示した。

治水整備による浸水想定区域の変化をみるためには、この4次メッシュ中心点のそれぞれについて、浸水ナビを用いてL1浸水想定を取得することになる。 これにより、洪水浸水想定の変化を確認した。
下左図が平成24年、下右図が2023年6月24日に取得したL1浸水想定である。治水整備により浸水範囲や浸水深が減少したことがわかる。

H24浸水想定(L1)     R5浸水想定(L1)

このポイント数の変化は、H24浸水ポイント数=825 R5浸水ポイント数=623 であり、浸水想定区域の範囲が減少したことがわかる。また、人口変化については、2010人口=約171万人 2020人口=約149万人 ▼12.4%減少 である。浸水想定区域の範囲の減少を加味すれば、人口は減少傾向にあることがわかる。

次に、浸水深ランク別の変化をみてみる。H24浸水想定区域のランク分けに従って、ランクを区分する。 浸水深ランク別ポイント数は、すべてのランクで減少傾向にある。この減少は治水整備効果ということができる(下左図)。 居住人口では、浸水深0.5m未満で増加傾向であるが、その他のランクでは減少傾向にある(下右図)。浸水深0~0.5mで増加しているが、このランクは、洪水が発生した場合、床下浸水程度であり、被害は比較的少ないといえる。

浸水深ランク別のポイント数変化     浸水深ランク別の人口変化

世間的に、浸水想定区域で人口が増加し治水整備にも関わらず危険性が増大している懸念が示されているが、それは、治水整備の効果を加味していない。そこで、治水整備効果を加味して、改めて、人口変化を確認した。浸水想定区域の人口増加が最大という神奈川県の場合でも、治水整備が進み、浸水想定区域が減少し、居住人口は減少していることがわかった。また、治水整備により、浸水深が低減し、浸水深が深いエリアで人口が減少し、比較的安全な浸水深の浅いエリアで人口が増加していることがわかった。



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